「興福寺仏頭展」 美術展のはしご その2 

美術展のはしごのもう一つは、「興福寺仏頭展」です。

東京芸大内の美術館で開かれています。
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「興福寺仏頭」は、日本史では「山田寺仏頭」と言われていると思います。

山田寺は、7世紀の大化の改新の時に蘇我氏一族でありながら中大兄皇子に味方した蘇我石川麻呂が発願した寺
蘇我石川麻呂はその後、中大兄皇子と藤原鎌足の陰謀により自害したと言われています。
その本尊であるこの仏様は、12世紀に興福寺の僧兵が山田寺に押し入って強奪、興福寺東金堂の本尊に
その後、15世紀の東金堂火災の際に焼け落ち、かろうじて焼け残った頭部だけが、その後新しく造られた本尊像の台座内に格納、この仏頭は昭和12年(1937年)に再発見されるまでその存在が知られていなかったという数奇な運命をたどりました。

興福寺は最大の権力者の藤原氏の氏寺、「歴史は勝者のもの」を表しているように思います。

中学生ぐらい頃に、この話を知り興味津津で、「この話を題材した小説」が読みたいと思ってますが、まだないようです。
私が知らないだけかしら??

今回の展覧会は、素晴らしかったです053.gif

確か、興福寺では正面からしか拝観できなかった仏頭が360度から見ることが出来ます。落雷によるお顔の左側の損傷のひどさがはっきり分かりますが、白鳳期の仏様のおだやかな微笑みのお顔が印象に残り、「白鳳の貴公子」の呼称に納得038.gif

そして、仏頭と600年ぶりに再会といわれているその眷属の木造十二神将像も見事!!
これまた、ガラスのケースではなく全身くまなく拝観できて、鎌倉仏像のリアルな力強さが伝わってきます。
背中も素敵です。
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十二支順に並んでいて、午年の珊底羅(サンテイラ)大将は特に熱心に見ましたが、二人とも頭の上が「蛙みたい」とひそひそ・・・
その後、像の左側から45度の角度から見ると、確かに午のお姿が見える事を発見できてほっとしました006.gif

仏頭と眷属の十二神将像はもちろん、今回の展覧会は、国宝25点の展示
それ以上に、日本史の面白さを再認識できて楽しかったです。
大好きな奈良へ行きたくなりました。

その後、「桃林堂」という素敵な和菓子屋さんを見つけて、栗きんとんと抹茶でお茶タイム
快晴の下で、友人と食欲と芸術の秋を味わった素敵な休日でした003.gif
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Commented by desire_san at 2013-11-10 10:13
私も「国宝 興福寺仏頭展」を見に行ってきましたので、興味深くよませていただきました。
「興福寺仏頭」は平重衡の南都の焼き討ち、その後の興福寺東金堂の火災で胴体を失って、頭の後ろ半分は破損し、右の耳は下半分が破損し、顔には焼け落ちた瓦礫で傷つけられた傷が生々しく残っていました。されでも優しく凛とした表情で我々を見つめ、仏教の慈悲の心を自分に問いかけてくるように感じ、感動しました。
私も興福寺「仏頭」についての感想を書いてみました。
ご感想など、なんでも結構ですのでコメントなどをいただけると嬉しい限りです。
Commented by greenkatastumuri at 2013-11-17 17:08
desaire_san様
コメントが遅くなり、申し訳ありません。
私も、今回「仏頭」の後ろから見た損傷具合のひどさに、息をのみました。
それでも、正面からみると微笑みをたたえたお顔で、感動しました。
鎌倉仏像の力強さも好きですから、ぜひ同じく国宝館のユーモラスな「木造天燈鬼・龍燈鬼立像」にも、上京していただきたいです。
手軽に奈良まで出かける事が出来れば、もっといいのですが・・・
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by greenkatastumuri | 2013-11-01 23:29 | 美術展 | Trackback | Comments(2)

初めての「おひとりさま」を楽しむ日々


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